1. 序論
トレーディングシステムのパフォーマンスは、その土台となるインフラに大きく依存する。しかし、「最適なインフラ」は戦略によって異なる。低レイテンシーが最優先されるHFT戦略にはベアメタルが、柔軟なスケーラビリティが求められる分析基盤にはクラウドが適しているかもしれない。本記事では、AWS、GCPといった主要クラウドサービスの特性から、コロケーション、専用サーバーのメリット・デメリットまでを比較検討し、目的別のインフラ選定における判断基準を提示する。
本稿は、トレーディング戦略とインフラ選択の間の密接な関係性を解き明かし、技術責任者およびインフラエンジニアが直面する複雑な意思決定を支援することを目的とする。物理インフラが提供する絶対性能から、クラウド技術の目覚ましい進化、そして両者を戦略的に組み合わせたハイブリッドアプローチまでを段階的に掘り下げ、トレーディングシステムのポテンシャルを最大限に引き出すための包括的な分析フレームワークを提供する。
2. レイテンシーこそが王様:HFTと物理インフラの分かち難い関係
マイクロ秒を削る戦い:コロケーションの物理的優位性
高頻度取引(HFT)の世界において、競争優位性の源泉はレイテンシー、すなわち情報の発生から処理完了までに要する時間遅延をいかに極限まで短縮するかに集約される 1。この競争において、光の速度という物理法則が絶対的な制約として立ちはだかるため、取引所のマッチングエンジンとの物理的距離が決定的な要因となる。
この物理的制約に対する最も根源的かつ効果的な解決策が「コロケーション」である。コロケーションとは、取引所が運営するデータセンター内、あるいはその極近傍に自社のサーバー機器を設置するサービスを指す 1。例えば、日本取引所グループ(JPX)はコロケーションサービスを提供しており、これを利用することで取引システムとの物理的距離を極小化し、注文の送信時間を片道数マイクロ秒($1 \mu s = 10^{-6}$秒)のレベルにまで短縮することが可能となる 4。これは、他の市場参加者に先んじて情報を取得し、注文を執行するための、事実上不可欠な投資である。コロケーションは単なるラックスペースの賃貸ではなく、安定した電力供給、高度な冷却設備、厳重な物理的セキュリティ、そして取引所システムへの直接的なネットワーク接続(クロス・コネクト)を含む、包括的なインフラサービスとして提供される 5。
究極の制御と性能:ベアメタルサーバーの役割
コロケーション環境内でその真価を発揮するのが、「ベアメタルサーバー」と呼ばれる物理サーバーである。ベアメタルとは、仮想化レイヤーであるハイパーバイザーを介さず、オペレーティングシステム(OS)がハードウェア上で直接稼働する、シングルテナント(専有)環境を指す 7。
ベアメタルサーバー最大の利点は、その性能の予測可能性にある。仮想化に伴うオーバーヘッドが存在しないため、CPU、メモリ、ストレージといった物理リソースを100%専有できる 8。これにより、パブリッククラウドのようなマルチテナント環境でしばしば問題となる、他のユーザーの負荷が自システムのパフォーマンスに影響を及ぼす「うるさい隣人(Noisy Neighbors)」問題を完全に排除できる 7。結果として、レイテンシーの揺らぎ(ジッター)が極めて少ない、一貫性のある予測可能なパフォーマンスが保証される。これは、ミリ秒単位の精度が収益に直結するトレーディングアプリケーションにとって、極めて重要な特性である 12。
さらに、ユーザーはOSのカーネルパラメータやネットワークスタックの設定に至るまで、サーバーの構成を完全に制御できる 9。これにより、特定の取引戦略やアプリケーションの要求に合わせて、ハードウェアの性能を最大限に引き出すための微細なチューニングが可能となる。また、物理的なリソース分離は、サイドチャネル攻撃のような仮想化環境特有のセキュリティリスクを低減し、PCI DSSなどの厳格なコンプライアンス要件を満たす上でも有利に働く 11。
物理インフラのトレードオフ:資本支出、管理、そして柔軟性の課題
コロケーションとベアメタルが提供する絶対的な性能には、相応の対価が伴う。まず、コスト構造が大きく異なる。サーバーハードウェアの購入、データセンターへの設置作業、そして長期にわたる契約など、多額の初期投資(CapEx)が必要となる 5。これは、利用した分だけを月々の運用費(OpEx)として支払うクラウドモデルとは対照的である 18。
次に、管理負担の重さが挙げられる。ハードウェアの選定・調達から、設置、保守、障害発生時の対応、そして数年ごとのリプレースといったライフサイクル管理まで、インフラの維持に関する全責任をユーザーが負うことになる 6。これには、高度な専門知識を持つインフラエンジニアの確保が不可欠である。
最後に、スケーラビリティの制約は無視できない。リソースの増強(スケールアップ)や縮小(スケールダウン)には、物理的なハードウェアの調達や設置作業が伴うため、クラウドのようにオンデマンドで数分以内に完了することは不可能である 6。
このように、コロケーションとベアメタルの選択は、単なる技術的な判断を超えた、経済的かつ戦略的な意思決定である。それは、レイテンシーがアルファ(超過収益)の主要な源泉となる特定の取引戦略(例:マーケットメイク、レイテンシーアービトラージ)への深いコミットメントを意味する。高額な初期投資は、他社の参入を困難にする競争上の「堀」として機能する側面も持つ。このインフラ選択が、企業のトレーディング戦略そのものを規定するのである。
3. 柔軟性とスケーラビリティの追求:クラウドインフラの台頭
主要クラウド(AWS vs. GCP)の特性と金融領域での強み
パブリッククラウドがもたらした最大の価値は、物理インフラが持つ前述のような制約からの解放である。ここでは、市場をリードするAmazon Web Services (AWS)とGoogle Cloud Platform (GCP)の特性を比較する。
AWSは、その圧倒的な市場シェアと長年の実績により、事実上の業界標準としての地位を確立している。幅広いサービス群、成熟したエコシステム、そして日本語を含む豊富なドキュメントや技術者の存在が大きな強みである 20。特に金融機関や大企業での採用実績が豊富で、堅牢なセキュリティと多様なコンプライアンス要件への対応能力には定評がある 22。また、オンプレミス環境とクラウドをシームレスに連携させるハイブリッドクラウドソリューション(AWS Outpostsなど)も提供している 20。
一方、GCPは、Googleが誇る強力なグローバルネットワークインフラを背景とした、高速かつ安定した通信速度に強みを持つ 20。BigQueryを中心とした大規模データ分析基盤や、TensorFlow、AI PlatformといったAI/機械学習関連のサービス群は、クオンツ分析やアルゴリズム開発において大きなアドバンテージとなる 20。また、仮想マシンのCPUコア数やメモリを柔軟に指定できるカスタムマシンタイプは、特定のワークロードに対してコスト効率を最適化する上で優位性がある 24。
大局的な選択基準としては、汎用性、エコシステムの成熟度、既存の知見や人材の確保を重視する場合はAWSが、データ分析、AI/ML活用、ネットワーク性能を最優先事項とする場合はGCPが有力な候補となる 20。
仮想化の代償:「うるさい隣人」問題と性能の予測不可能性
クラウドが提供する柔軟性と俊敏性の源泉は仮想化技術にあるが、これは性能面でのトレードオフを生む。パブリッククラウドの基本的なモデルは、一台の物理サーバーのリソースを複数のユーザー(テナント)で共有するマルチテナント方式である 7。このモデルでは、あるテナントがCPUやネットワーク帯域などのリソースを大量に消費した場合、同じ物理サーバーを共有する他のテナントのパフォーマンスに悪影響が及ぶ可能性がある。これが「うるさい隣人(Noisy Neighbors)」問題と呼ばれるものである 5。
この影響により、特にネットワークI/OやディスクI/Oにおいて、レイテンシーやスループットに予測不能な変動(ジッター)が生じることがある 7。一貫した応答性能が求められる取引執行パス(ホットパス)や、リアルタイムのリスク計算システムにとって、この予測不可能性は重大なリスクとなり得る。
加えて、物理サーバーと仮想マシンを管理するハイパーバイザー自体が、CPUやメモリといったリソースを一定量消費するため、物理ハードウェアの性能を100%引き出すことは原理的に不可能である。この仮想化オーバーヘッドも、性能を追求する上では無視できない要素となる 7。
経済モデルの転換:OpEx、従量課金、そして隠れたコスト
クラウドがもたらしたもう一つの大きな変革は、ITコストに関する経済モデルの転換である。物理インフラの購入といった多額の初期投資(CapEx)が不要となり、サービスを利用した分だけを月々の運用費(OpEx)として支払うモデルへと移行した 5。これにより、スタートアップや新規プロジェクトにおける初期投資のハードルが劇的に下がり、ビジネスの立ち上げや実験的な取り組みが格段に容易になった。
しかし、この従量課金制には注意が必要である。コスト管理が複雑化し、予期せぬ高額請求につながるリスクも存在する。特に見過ごされがちなのが、データ転送料金(Egress Fee)である 25。クラウド環境から外部へデータを転送する際に発生するこの料金は、大量の市場データをオンプレミスの分析基盤に送ったり、複数のクラウドプロバイダー間でデータを移動させたりするシナリオにおいて、想定外のコストとなる可能性がある 7。
また、不要になった仮想マシンを停止し忘れるなど、リソース管理の甘さが直接的なコスト増に繋がるため、厳格なガバナンスと監視体制の構築が不可欠となる 19。
したがって、クラウドの真の戦略的価値は、単なるコスト削減や運用効率化に留まらない。それは、アイデアに対する「戦略的アービトラージ」を可能にする点にある。例えば、機械学習を用いた新たなアルファ探索戦略を検証する場合を考える。物理インフラでこれを実行するには、大規模な計算クラスターの構築に莫大な初期投資と長い準備期間を要する。
しかしクラウドであれば、必要な時にだけ大規模なリソースを時間単位で借り、検証が終わり次第解放することができる。これにより、イノベーションのコストとリスクが劇的に低下し、より多くの戦略を迅速に試すことが可能になる。これは、常に新たな収益源を求めるプロップトレーディングファームやFinTech企業にとって、極めて強力な競争優位性となる 26。
4. 新たなフロンティア:クラウドにおける低レイテンシー取引の実現可能性
AWSとGCPの挑戦:専用ネットワークと最適化インスタンス
かつて「クラウドはHFTに不向き」というのが常識であったが、近年、主要クラウドプロバイダーはこの領域に本格的に進出し、その常識を覆しつつある 27。
AWSは、低レイテンシーワークロード向けに複数のソリューションを提供している。その中核となるのが「EC2 Cluster Placement Groups (CPG)」である。これは、複数のEC2インスタンスを同一の物理ラック内に近接配置することで、インスタンス間のネットワークレイテンシーを極小化する機能である 27。
あるテストでは、CPGの利用によりUDPラウンドトリップタイムのP50(中央値)が平均37%、P90が平均39%削減されたというデータも報告されている 30。これに加えて、高いCPUクロック周波数を持つm5znインスタンスや、強化されたネットワークアダプタ(ENA)を搭載し最大100Gbpsの帯域幅を誇るc5nインスタンスなど、特定の用途に最適化されたインスタンスタイプが提供されている 27。さらに、物理ホストを専有する「Dedicated Tenancy」オプションを選択すれば、「うるさい隣人」問題も回避可能である 29。
GCPもまた、独自の技術で低レイテンシー領域に挑戦している。その代表が、ネットワーク処理を専用のハードウェア「Infrastructure Processing Unit (IPU)」にオフロードするアプローチである 31。これにより、CPUリソースをアプリケーション処理に専念させることができ、システム全体のスループットと応答性能を最大化する。
ネットワーク帯域も最大200Gbpsを提供しており、多くのオンプレミス環境を凌駕する性能を誇る 31。また、GCPはAeronのようなオープンソースの低レイテンシーメッセージングフレームワークの開発コミュニティと密接に連携し、クラウド上での性能向上を推進している 31。
実証された性能:マイクロ秒レベルのレイテンシー達成事例
これらの技術的進歩は、具体的なベンチマークによって裏付けられている。コンサルティングファームBJSS社がAWS上で実施したFX取引システムのデモでは、c5n.9xlargeインスタンスを用い、OSやJVM(Java仮想マシン)に徹底的なチューニングを施すことで、99パーセンタイルのレイテンシーを62マイクロ秒(μs)という驚異的なレベルにまで削減した 28。AWS自身が公開した取引所プロトタイプの事例では、m5znインスタンスとZeroMQ(高性能メッセージングライブラリ)を組み合わせ、P50で55-124μs、P99で75-157μsのラウンドトリップレイテンシーを達成している 27。
GCP上でのテストでも同様に優れた結果が報告されている。AeronをC3 VM上で実行したテストでは、高いスループットを維持しつつ、Aeron Clusterによる高可用性構成を追加した場合のレイテンシー増加がP99でわずか18μsに留まるなど、極めて決定論的な性能が実証された 31。
ただし、これらの性能は、単にインスタンスを選択するだけで得られるものではないことを強調しておく必要がある。ハイパースレッディングの無効化、特定のCPUコアへのプロセスやネットワーク割り込みのピニング(割り当て固定)、TCP/IPスタックのパラメータ最適化、ガベージコレクションによる停止時間を最小化するJavaランタイムの選択(ZGCやShenandoahなど)といった、OSおよびランタイムレベルでの高度なチューニングが前提となっている 28。
クラウドネイティブHFTの限界と今後の展望
クラウドの進歩は目覚ましいものの、物理インフラが持つ優位性を完全に覆したわけではない。最大の障壁は、依然として物理的な距離である。クラウドのデータセンターは、取引所のコロケーションエリアとは物理的に離れているため、光の速度に起因する伝送遅延は原理的に回避不可能である。これは、最上位のHFTファームがナノ秒($10^{-9}$秒)レベルで競い合う世界においては、依然として決定的な差となり得る。
また、クラウドプロバイダーはSLA(サービス品質保証)を提供するものの、ネットワークやハードウェアの性能を完全に保証するものではない。予期せぬメンテナンスや、ごく稀に発生する障害のリスクはゼロではない 32。
こうした背景から、今後の主流となり得るのは、両者の利点を組み合わせたハイブリッドアプローチである。その象徴的な事例が、NasdaqによるAWS Outpostsの採用である 28。AWS Outpostsは、AWSのハードウェアとサービスを顧客のデータセンター(この場合は取引所のコロケーションエリア)に設置するもので、クラウドの運用管理性と物理インフラの低レイテンシー性能を両立させる試みである。
このクラウドにおける低レイテンシー性能の実現は、「レイテンシーの民主化」とも言える現象を引き起こしている。かつては莫大な資本を持つ一部の企業しかアクセスできなかったマイクロ秒レベルの性能を、より小規模で俊敏な組織が「レンタル」できるようになった。この変化は、競争の軸足を「インフラへのアクセス権」から「インフラの習熟度」へと移行させる。すなわち、この複雑で抽象化された環境から最高のパフォーマンスを引き出すための、深い技術的専門知識こそが新たな差別化要因となる。これは、システムの信頼性と性能を最大化するサイト信頼性エンジニアリング(SRE)の価値を飛躍的に高めるものであり、単なる保守契約ではなく、アルファ創出に直接貢献する能力としてSREを位置づけるべきことを示唆している 26。
5. 包括的比較分析:戦略的インフラ選定のための意思決定マトリクス
これまでの議論を統合し、技術責任者が自社の戦略に最適なインフラを判断するための実践的なフレームワークとして、以下の意思決定マトリクスを提示する。
| 特性 (Characteristic) | コロケーション (Colocation) | ベアメタルサーバー (Bare Metal Server) | パブリッククラウド (Public Cloud) |
| レイテンシー (Latency) | 最低 (数μs) 4 | 低 (数十μs〜) 8 | 可変 (数十μs〜数ms) 27 |
| 性能予測可能性 (Jitter) | 最高 (ほぼゼロ) | 高 (低い) 7 | 中〜高 (Noisy Neighborリスク) 7 |
| 制御レベル (Control) | 最高 (物理層まで) 5 | 高 (OS/HW) 9 | 限定的 (IaaS/PaaS) 5 |
| 初期費用 (CapEx) | 高 5 | 中〜高 17 | ほぼ無 18 |
| 運用費用 (OpEx) | 中 (スペース/電力) 6 | 中 (レンタル/電力) 33 | 変動/高 (従量課金/Egress) 7 |
| スケーリング速度 (Scaling) | 遅 (数週間〜数ヶ月) 6 | 中 (数時間〜数日) 17 | 速 (数分) 5 |
| 管理負担 (Mgmt. Burden) | 高 (HW/施設) 6 | 中 (HW/OS) 9 | 低 (Provider管理) 34 |
| 最適な戦略 (Best Fit) | 超低レイテンシーHFT、マーケットメイク | HFT、性能要求の高い実行基盤 | データ分析、ML戦略、バックテスト、リスク管理 |
詳細分析:各評価軸の深掘り
- 性能とレイテンシー: 最も重要な判断基準は、実行するトレーディング戦略がどの程度のレイテンシー感受性を持つかである。マーケットメイクや純粋なレイテンシーアービトラージ戦略のように、マイクロ秒単位の差が収益性を左右する場合、コロケーションはほぼ必須の選択肢となる。一方で、数ミリ秒の遅延が許容される統計的裁定取引や、バッチ処理が中心となる大規模なデータ分析基盤では、クラウドのコスト効率と柔軟性が合理的である。
- 制御とカスタマイズ性: FPGAのようなカスタムハードウェアの使用や、OSカーネルの特殊なチューニングが戦略の実行に不可欠な場合、物理ハードウェアへの完全なアクセスを提供するベアメタルサーバーやコロケーションが唯一の選択肢となる 5。
- スケーラビリティと俊敏性: 市場のボラティリティに応じて計算リソースを動的に増減させる必要があるリスク計算グリッドや、ペタバイト級のデータを扱う大規模なバックテスト環境には、クラウドが提供する弾力性(Elasticity)が最適である。物理インフラで同様の要求に応えるには、ピーク時を想定した過剰なプロビジョニングが必要となり、非効率である 5。
- セキュリティとコンプライアンス: 規制要件により、データの物理的な保管場所が厳密に定められている場合や、マルチテナント環境が許容されない場合は、オンプレミス(ベアメタル/コロケーション)が有利となる 36。一方で、大手クラウドプロバイダーは多数の国際的なセキュリティ認証を取得しており、高度なセキュリティサービスを標準で提供している。自社で同レベルのセキュリティ体制を構築・維持するコストと専門性を考慮すると、クラウドの共有責任モデルを正しく理解し活用する方が、より効率的かつ安全な場合も多い 34。
- 総所有コスト(TCO)分析: インフラのコスト評価は、単純な月額料金の比較に留めてはならない。ハードウェアの減価償却、専門スタッフの人件費、データセンターの電力・冷却コスト、ソフトウェアライセンス、そしてクラウドのデータ転送料金など、全ての直接的・間接的コストを含めた3〜5年スパンでの総所有コスト(TCO)を比較検討する必要がある 25。一般的に、ワークロードが安定的かつ予測可能である場合、長期的にはオンプレミスの方がTCOが低くなる可能性があるとされている 19。
6. 結論:ハイブリッドこそが最適解 – 戦略を支えるSREの重要性
ワークロードに応じた最適な組み合わせ
これまでの分析が示す通り、単一のインフラパラダイムが全ての要求を満たすことはない。現代の高度なトレーディングファームにとって最も現実的かつ強力な解は、システムのコンポーネントやワークロードの特性に応じて、物理インフラとクラウドを戦略的に組み合わせる「ハイブリッドアプローチ」である。
このハイブリッドモデルの典型的な構成は以下のようになる。
- 実行パス(Hot Path): 注文執行やマーケットデータ受信といった、一貫した超低レイテンシーが求められるコンポーネントは、取引所のコロケーションエリアに配置したベアメタルサーバー上で実行する 7。
- 分析・戦略基盤(Warm/Cold Path): 大規模なバックテスト、機械学習モデルのトレーニング、市場データの保存・分析、日次・週次のリスク計算など、膨大な計算リソースを要するがレイテンシー要件が比較的緩やかなワークロードは、クラウドの潤沢なリソースを活用して実行する 5。
- 接続性: これら二つの環境は、AWS Direct ConnectやGoogle Cloud Interconnectといった専用線接続サービスを利用して、低レイテンシーかつセキュアに連携させる。
インフラの複雑性と信頼性エンジニアリングの価値
このハイブリッドアプローチは、性能と柔軟性の「良いとこ取り」を可能にする一方で、アーキテクチャの複雑性を著しく増大させる。物理環境とクラウド環境間でのデータ同期、一貫した監視体制の構築、統一されたセキュリティポリシーの適用、そして障害発生時の迅速な原因切り分けと復旧など、従来の単一環境の運用とは比較にならないほど高度な管理能力が求められる。
このような複雑かつミッションクリティカルなシステムを安定的に稼働させるためには、場当たり的な対応ではなく、SLI/SLOといった客観的な指標に基づいた体系的なアプローチ、すなわちサイト信頼性エンジニアリング(SRE)が不可欠となる。インフラの選定と構築(Day 1)が成功の前提条件であるとすれば、その後の安定運用と継続的な改善(Day 2以降)こそが、トレーディングシステムの真の価値を決定づけるのである。
本稿で論じてきたような、トレーディング戦略に深く根差したインフラの設計、構築、そしてSREによる高度な運用は、深い専門知識と豊富な経験を持つパートナーなくしては実現が困難である。AI MQLは、システム全体を俯瞰し、顧客のビジネス戦略に最適なインフラを提案・実装するだけでなく、その後の安定稼働をSREという「盾」として守り続ける。これにより、顧客はインフラの複雑性に煩わされることなく、本来の強みである戦略開発に集中でき、競争優位性を最大化することが可能となる。これは、AI MQLが単なる技術プロバイダーではなく、顧客の成功にコミットする「価値共創パートナー」であることの証左に他ならない 26。
引用
- ヘッジファンドのHFT・HST(高頻度・高速取引)の全貌:超高速取引の世界, https://hedgefund-direct.co.jp/column/hedgefund/%E3%83%98%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AEhft%E3%83%BBhst%EF%BC%88%E9%AB%98%E9%A0%BB%E5%BA%A6%E3%83%BB%E9%AB%98%E9%80%9F%E5%8F%96%E5%BC%95%EF%BC%89%E3%81%AE%E5%85%A8/
- アルゴリズム化基準による 高頻度取引(HFT)の特性分析 – 金融庁, https://www.fsa.go.jp/frtc/seika/discussion/2020/DP2020-2.pdf
- レイテンシーアービトラージ – BJF Trading Group Inc – Software for Forex Traders, https://bjftradinggroup.com/ja/latency-arbitrage-2/
- コネクティビティサービス | 日本取引所グループ – JPX, https://www.jpx.co.jp/systems/connectivity/index.html
- Cloud vs. Colocation: Tradeoffs, Considerations, and the Best of …, https://www.whitefiber.com/blog/cloud-vs-colocation
- On-Prem vs Colo vs Bare Metal Cloud – Cycle.io, https://cycle.io/learn/on-prem-vs-colo-vs-bare-metal-cloud
- Bare Metal vs Cloud Servers:The Right Infrastructure Matters, https://www.servers.com/news/blog/bare-metal-vs-cloud-servers-what-s-the-difference
- What Is Bare Metal? Is it a Server or a Cloud? – The Equinix Blog, https://blog.equinix.com/blog/2023/08/16/what-is-bare-metal-is-it-a-server-or-a-cloud/
- Colocation and Bare-Metal Servers: Two Cloud Alternatives – Ocala, Gainesville, Orlando | Verteks Consulting, Inc., https://www.verteks.com/2025/05/colocation-and-bare-metal-servers-two-cloud-alternatives/
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- ベアメタルクラウドとは? – Supermicro, https://www.supermicro.com/ja/glossary/bare-metal-cloud
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- ベアメタル・サーバーとは何でしょう – IBM, https://www.ibm.com/jp-ja/think/topics/bare-metal-dedicated-servers
- ベアメタル・ハイパーバイザとは? |ピュア・ストレージ – Pure Storage, https://www.purestorage.com/jp/knowledge/what-is-a-bare-metal-hypervisor.html
- ベアメタルクラウド:仮想クラウドに代わる強力なクラウド – ウェブホスティング – webhosting, https://webhosting.de/ja/%E3%83%99%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%89/
- ベアメタル・サーバーと仮想サーバーの比較:最適なオプションの選択 – IBM, https://www.ibm.com/jp-ja/think/topics/bare-metal-servers-vs-virtual-servers
- ベアメタルクラウドとは?物理サーバーを占有できるクラウドを紹介 – Rentec Insight, https://go.orixrentec.jp/rentecinsight/it/article-465
- Comparing the Total Cost of Ownership (TCO) of Cloud Storage vs. On-Premise Storage, https://mihirpopat.medium.com/comparing-the-total-cost-of-ownership-tco-of-cloud-storage-vs-on-premise-storage-78a0c602611c
- Bare Metal vs Cloud in 2025: Cost, Performance, and When to Choose Each – Unihost, https://unihost.com/blog/bare-metal-vs-cloud-2025/
- 【初心者向け】AWSとGCPの違いを徹底比較!どちらを選ぶべき? – Qiita, https://qiita.com/yskmk/items/b562575dea4028aa7d23
- 【AWS・GCP比較】実務で利用する私の主要10機能比較!, https://data-viz-lab.com/aws-gcp
- AWSとGCPを比較!人気クラウドサービスの特徴と選び方を解説 – Udemy メディア, https://udemy.benesse.co.jp/development/system/aws-gcp.html
- 【AWS・Azure・GCP】3大クラウドサービスをわかりやすく比較 | クラウドエース株式会社, https://cloud-ace.jp/column/detail295/
- 全部同じだと勘違いしていませんか? 4大クラウド徹底比較(AWS, Azure, GCP, IBM), https://goworkship.com/magazine/4-cloud-services/
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